子どもとともに笑う
ーニイルが目指した教師像ー
学校法人きのくに子どもの村学園 堀 真一郎
校長が子どもとニワトリ泥棒に入る
「『ねえ、ボブ、あのね、お隣りへ行って、ニワトリを少し盗んでこようと思うんだ。手伝ってくれないかい?』
ボブはびっくり仰天してしまった。信じられないという目つきだ。しかし懐中電灯を持たせ塀を乗り越えると、この子はすっかり興奮してしまった。私たちはニワトリを四羽盗み出すと、学校の鶏舎へ首尾よく入れることができた。もっとも、ニワトリたちは次の朝ただちに塀を乗り越えて逃げ帰ってしまった。」(『問題の親』)
私立寄宿学校の校長が、真夜中に子どもをそそのかして隣家へニワトリ泥棒に入る。このとんでもない校長が、世界でいちばん自由な学校といわれるサマーヒルのニイル(A.S.Neill,1883-1973)である。
ニイルがこの突拍子もない行動に出たのはなぜか?
それは「この子にとってどうしても必要な授業」だったからだ。もっとも隣の家には前もってワケを話しておいたらしい。
ボブは来て間もない子だが、盗癖が治らない。家庭はカトリックで、しつけがとてもきびしい。親から「よい子」の基準を植え付けられ、これに反すると激しく叱責され、神様に赦しを請わせられてきた。いつも「ぼくはいい子でなければならない。でも、お父さんや神様のいいつけに背くのではないか」という不安にかられている。この不安が昂じると、無意識のうちに盗みをはたらいてしまう。神様に罪を告白しすると、神様はすべてを赦してくださり、しばしの心の平安が得られるからだ。
ニイルは、この子の無意識の中の超自我の部分でにらみをきかせている父親像(イメージ)が問題だと分析した。大きくて、強くて、つねに正しい……そんなこわい父親のイメージをなんとかしたい。
「校長先生といっしょに盗みに入ったんだ。校長先生もぼくと同じなんだ。」
少年にこのように感じさせる。これがニイルのねらいだ。こわくて強い父親と、学校でいちばん偉い校長とは、彼の内心でイメージがダブっている。校長への恐怖感を取り去って、父親への恐れと自己否定感を少しでも緩和しようというわけだ。だから一緒に泥棒に入るのは、ほかの大人ではいけない。校長のニイルでなくてはならない。
このほかにもニイルは、盗みの治らない子に、ごほうびとして小遣いをわたしたり、かんしゃくを起こして窓ガラスを割っている子と一緒に石を投げたりもする。大事なのは、外から与えられて内面化した禁止、固定観念、古い価値観などを少しずつ弱めたり取り去ったりすることだ。
「困った子というのは、実は不幸な子である。彼は内心において自分自身とたたかっている。その結果、まわりの世界とたたかう。」『問題の子ども』)
『問題の子ども』の中のよく知られた一節だ。内心のたたかいとは、生まれながらの生きる力(本能)と親や社会から与えられた道徳(超自我)との対立・葛藤のことである。子どもの盗み、ウソ、いじめ、破壊などは、無意識の奥深くに原因があり、子ども自身にもその理由や原因がわからない。大人はこういう子を「悪い子」と呼び「何度いったらわかるのか」と問い詰め、責め立て、はずかしめたり、痛い目にあわせたりする。しかしそれは風邪で熱を出している子に罰を加えるのと同じ今年だ。病気の子には、あたたかい世話と適切な処置が必要である。同じように問題の子どもにこそ愛と理解がなくてはならない。
ニイルは「子どものたましいの医者になることが教師の仕事だ」という。子どもの心に寄り添い、その内面の様子を理解し、さらに共感しようというのである。そのような魂の医者として子どもの内面に触れたとき、ボブ少年とニワトリ泥棒に入るといった大胆な発想が生まれるのだ。
校教師の仕事は教育解除
精神分析の創始者フロイトは、本能には「生の本能」と「死の本能」がある。だから本能を全面的に信用するわけにはいかない。強い自我によるコントロールが必要だ、と説く。しかしニイルは「死の本能」などは存在しない。「生の本能」が外部からの圧力によってねじ曲げられた時に、それらしきものが現れる野田と見る。したがって解決策は、既成の権威による禁止、脅し、説得、誘導などが内面化されてできた超自我をいったん取り去るか、あるいは弱めて、子ども自身が新しい超自我、つまり自分自身のものの見方や考え方を再形成するのを援助することだ。そのためには「自分自身の生き方をする自由」を中心に据えた共同生活の場が必要であり、それがサマーヒルという学校である。
サマーヒルは、子どもたちを「たましいの船長」に育てるための学校といってもよい。ニイルは、若い時にある村の小学校の臨時校長を勤めていた時に書いている。
「われわれは、すべての迷信と因習と偽善をかなぐり捨てた時、その時はじめて教育を受けたといえるのだ。」(『クビになった教師』)
人はみな生まれた時からさまざまな方法で道徳を刷り込まれている。もちろん合理的な内容もあるが、しばしば子どもの本性に反するようなことも要求される。例えば子どもはほんらい好奇心にあふれ、動き回るのが好きで、やかましい存在である。落ち着きがなくて、大人には耐えられないような大声で叫んだりする。それは、大きくなりたい、強い自分を感じたい、たくさんのことができるようになりたい。そんな自然の生きる意思と力の現われである。しかしたいていの子は、ものごころもつかないうちから、「とにかく静かにしなさい」といわれつづけ、静かにできる子が「よい子」だと思い込まされる。しかしそれは子どもが自然に、つまり経験を通して学び取ったものではない。子どもたちは、あまりにも早くから、ものの見方や感じ方、そして行動の仕方を教え込まれ強制され、多くの固定観念や偏見を、そして大人から叱られるという不安と恐怖を内面化していく。
ニイルは、こうした外から教え込まれたものの見方や行動の仕方からいったん子どもを解放しようという。それには大人への恐怖心のない環境で、仲間の子どもや理解のある大人と「ともに生きる」経験を積み重ねるしかない。ニイルは「私の仕事はアンエデュケーションである」ともいう。「教育しないこと」ではない。むしろ積極的にそれまでの教育を解除して教育をやり直すという意味だ。
学校の中のさまざまな規則を例にしてみよう。ほとんどの教師は子どもたちに「無条件で決まりを守る」ことを要求する。決まりだから守らないといけない、という。しかし「決まり」や規則は、それによってよいことがふえ、困ったことが少なくなるからこそ値打ちがある。決まりがあるほうが得だから守るのだ。かつてマカレンコは「規律は自由である」と喝破した。
こう考えると、学校のなかのよい規則とは、次の二つの条件を満たしているのがよい。
1・教師が作って与えるのではなく、子どもも一緒になって(あるいは少なくとも納得の上で)つくられる。
2・それによって子どもと教師の双方の自由が増進される。
教師も自由になろう
前述のニイルの「困った子とは」の引用は、実はそのあとに「親も同じ船に乗っている」と続く。親自身が長い間に刷り込まれた既成の、あるいは伝統的な価値観にしばられているからだ。そのしばられ方のきびしい人ほど、我が子に対して、よく考えもしないで数々の要求を押し付ける。残念ながら教師も同じ船に乗っている。とても多くの固定観念に縛られている。例えば、
◇教師は「先生」と呼ばれる。
◇教師は教える存在で、子どもは教わる存在である。
◇教師は正しい身なりをしないといけない。
◇教師は学年別に教科書を教えなければならない。
◇問題のある子は呼んで言い聞かせる。
◇教師には教員免許がないといけない、。
◇教師には権威が必要だ。
◇どんな子でもがんばれば学力が付く、などなど。
最後にニイルのことばをもうひとつ。
「もっともよい教師は子どもと共に笑う。
もっともよくない教師は子どもを笑う。」
あえていえば、多くの教師はいわゆる受験戦争の勝ち組の人たちで
ある。自分たちが受けてきた、そして勝ち抜いた学校生活をもとにして、教育はかくあらねばならない、と思い込んでいるかもしれない。しかし、さまざまな固定観念や常識から自由になると、自然に子どもを見る目も変わり、自分自身が好きになり、子どもたちと心から笑い合えるだろう。そして、人間肯定の気持ちから生まれるユーモアも自然に口をついて出るだろう。
子どもと共に笑える教師は、内面が自由で幸福な教師である。
子どもを笑う教師は、子どもから笑われる不幸な教師だ。
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ニイル(A.S.Neill,1883-1973)
1921年、ドイツのドレスデンで国際学校を設立。
1924年にイギリスへ帰国して、学園をサマーヒルと改称。授業に出る出ないの自由、子どもも大人も同じ1票の全校集会、ファーストネームで呼び合う人間関係などで知られる。
<著 書>
霜田静志・堀真一郎訳『ニイルのおバカさん(自伝)』
堀真一郎訳「新訳・ニイル選集(全5巻)」(共に黎明書房) ほか
<参考文献>
堀真一郎『ニイルと自由な子どもたち』(黎明書房)
霜田静志『ニイルの思想と教育』(金子書房)