(4)教 育 活 動
A.プロジェクト
2023年度の小学校と中学校のクラス編成は以下のとおりである。各クラスの名前は、それぞれのプロジェクト活動のテーマから設定されている。
<小学校>
クラフトセンター……主な活動=木工、小規模な建物の建築、おもちゃづくり
おいしいものをつくる会…果樹の栽培と収穫、畑・田での栽培と収穫、料理
わくわくファーム…羊の飼育と世話、繊維をとるための作物づくり、衣生活の研究
劇団みなみ座………… 劇づくり(舞台劇、ミュージカル、コントなど)
アート&クラフト………木工、園芸、絵画、手芸品、おもちゃづくり
<中学校>
くらしの歴史館…食と農にまつわる研究(農業、文化・歴史研究、食や環境問題など)
ものづくり研究室…自然科学研究(森林、エネルギーに関する研究、学校環境の整備)
劇団カメレオン(創作劇、脚本づくりなど)
各クラスの2名の担任は、予想されるおおよその活動内容を年度初めに子どもにアナウンスし、子どもたちはこれを聞いて自分の属するクラスを選択する。クラスのメンバーが確定すると年間計画を策定し、子どもたちの感情、知性、社会性の各側面の発達の予想を立て、具体的な学習計画が出来上がる。これは職員全員の会議で検討され修正される。
また年度途中でクラスの様子が報告され、相互に前向きな批判とアドバイスをおこなう。年度末には1年間の経過が報告され、目的やねらいが達成されたかどうかの評価をおこない、次年度の計画に反映させる。
2022年度については、十分に達成されたとはいえない目標もあったが、おおむね例年通りの成果が得られたと思われる。その成果は、各学期末に舞台発表や展示の形式で、保護者に伝えられ、一般の方には、年に1度、「南アルプス子どもの村の教育講座」を開き、報告する。2023年度は11月11日(土)に予定している。
B.基礎学習
基礎学習はプロジェクトのクラスそのままのメンバーで同一時間帯におこなわれ、2人以上の大人が担当する。おおむね学年相当の手づくり学習材が用意される。学習材のほとんどが手づくりである理由は、プロジェクトや普段の生活から題材をとるからである。そのぶん教師は忙しいが、与えられた教材を決められた手順どおりに教えるよりも、内容と方法を子どもの実態にかんがみながら工夫できるのは、教師にとって大きな喜びとなっている。また子どもの学習モチベーションを高める上でも好都合であるし、個人差にもきめ細かく対応できる。
なお、本校には通常の通知簿や成績表の類のものはない。その代わりに一人ひとりの子どもの様子は各学期の終わりに「生活と学習の記録」として保護者に報告される。これは教科の成績というよりも、感情、知性、社会性の側面ごとに子どもの成長の様子を自由記述式で記録したものである。
C.自由選択
自由選択は、1学期単位で6-8個の活動から選択できる。中身の充実と選択の幅の広がりをさらに充実したものとしていけるように配慮している。
D. ミーティング
前述のように、子ども集団が自発的にひとつの共同のプロジェクトに取り組もうとするとき、また共同生活をより快適なものにするためには、話し合いは不可欠である。心を通い合わせる仲間として、目標を共有し、役割を分担して大きな仕事に挑戦するためには、大小さまざまな形のミーティングを開かなくてはならない。子どもたちの話し合いのない体験学習は、教師主導のたんなる肉体作業におちいる危険がある。南アルプス子どもの村では毎週水曜日に全校集会が開かれ、行事の計画、もめごとの処理、さまざまな社会問題についての議論などをおこなう。このミーティングを実りゆたかなものにするためのミーティング委員会も設置されている。
このほか、各クラスでも、寮でもミーティングはひんぱんにおこなわれ、「自分たち自身の生きかたをする自由」(ニイル)の習得のためのよい機会となっている。
さらにミーティングは別の教育的意義をもっている。さまざまな問題に気づき、これをことばで明瞭に整理して、自分の考えをまとめ、他に伝える力をつけるという意味で、子どもたちの本来の意味での言語能力を伸ばすためのよい経験となっている。漢字ドリルよりはるかに国語の学習になっているのだ。
ただし、子どもたちの中にミーティングが好きではないという声が聞かれることには注意を払う必要がある。その原因は、迷惑行為や約束違反の行動をした者の扱いなどで時間がかかるケースが少なくないことにある。「楽しい議題のときは長く、いやな議題のときは短く要領よく」というのが望ましい。大人の参加の仕方(発言の仕方とタイミング、議長へのサポートなど)が問われるところである。
E.見学、修学旅行、海外体験学習など
南アルプス子どもの村は、小学校も中学校も、きのくに子どもの村学園の小中高とならんで、日本で最も校外へ出かける機会の多い学校である。プロジェクト学習の充実のためには、クラス単位の日帰りの見学は欠かせない。また各学期に一度は2泊程度で旅行に出かけ、プロジェクトにかんする情報を得る。近年は、スコットランドへ1ヶ月程度の長い期間をかけて出かける機会もできている。2020年からはじまったコロナ禍の影響もあり、しばらくの間は英国への渡航は見合わされてきたが、2023年度の秋より、中学生16名と引率教員がスコットランドへ渡航する予定となっている。
中学校の修学旅行も同様に2020年までは、国内旅行(7-10泊)と海外旅行(イギリス、3週間)が、夏休み中に実施されてきた。これらは自由参加になっていて、どちらを選んでもよいし、毎年参加してもよく、またまったく参加しなくてもよい。実際には中学生のほとんどが3年間で1回は、どちらか、あるいは両方に参加している。3年連続で参加する者もある。小学生の修学旅行は、6年生だけが全員で参加する(3-4泊)。
コロナ禍においても、中学校の修学旅行は続投されてきた。今年度は2グループに分かれ、沖縄修学旅行(16名、8泊9日)、北海道修学旅行(17名、8泊9日)が行われている。
本校の修学旅行には、以下のように、ほかでは見られない特長がある。
1.子どもたちが計画を立てる。
参加者がひんぱんに集まって、時間をかけて資料を収集し、旅程を立て、こまかく費用の計算をする。さらに宿泊する施設やフェリーの予約をとることも多い。行き先は、毎年、遠くになる。
2.旅行業者に頼らない。
計画の立案だけでなく、移動のほとんども職員がマイクロバスなどを運転しておこなう。したがって中身の充実ぶりからは考えられない少ない経費ですむ。たとえば小学生が4泊で九州を一周しても一人当たり3万円以内である。
子どもが知恵をしぼって計画を立て、さまざまな情報を身につけ、仲間と夢を共有してその実現に向かって共に力を合わせるという意味において、修学旅行は本校の学習の中心であるプロジェクトのひとつの形態であるともいえよう。
F.学校行事
本校の学校行事はあまり多くない。出かけることが多いので、最近は普通の遠足はほとんどおこなわれない。運動会はあるが、事前の練習にはほとんど時間をかけない。子どもと保護者と地域住民、そして卒業生などの親睦を目的とするイベントになっている。入学式、卒業式などは「入学を祝う会」「卒業を祝う会」と呼ばれ、それぞれに委員会ができて計画を立て、実際の進行も子どもがおこなう。
そのほか学校行事としては、春まつり、秋まつり、学園の設置する他の学校との交流、隣接の公立校との交流、学校の主催する教育講座への参加、地域社会の伝統行事への参加などがあり、子どもたちの経験を豊かにしようとしている。
G.寮生活
現在、全校の子どもの5割が寮で生活している。いちばん遠くから来ているのは千葉県からである。寮生は金曜日の放課後に自宅に帰り、月曜日に帰校する。遠くから来る子どものために、月曜日は11時に授業が始まる。
寮の中で子どもたちは思い思いに過ごしているが、ときには共同生活にありがちなトラブル(けんか、ものの貸し借り、持ち物の紛失など)が起きることもあり、必要に応じて全寮ミーティングが開かれる。お楽しみ会、お泊り自由の日、誕生会、クリスマス・パーティなどは子どもたちが自発的に計画して実行する。常駐の寮職員は3名である。
小学生にとって寮生活は重荷ではないかという懸念が示されることがある。とくにホームシックを心配する人は少なくない。しかしわれわれの経験では、低年齢の子どものほうがかえって早くホームシックを乗り越えていく。最もホームシックそのものは、決して否定的に見られるべきことではない。どの子でもほどほどにホームシックになるのがむしろ自然かもしれない。いずれにしても子どもは、大人が心配するほどはホームシックに悩んだりはしない。じっさい、寮生の大半が寮生活は楽しいと答えている。
H.卒業生
中学の卒業生は2022年度までに150名。内28名が学園の経営するきのくに国際高等専修学校へ進学した。そのほかは公立および私立の高校に進学している。学園全体では、卒業生の内、約2割がきのくに国際高等専修学校に進学し、そのほかは公立および私立の高校に進学しているが、ごく少数が海外へ留学する。その後、大学へ進学する者の割合は普通の学校の卒業生よりかなり高い。
ところで、ときおり「子どもの村の学力が心配だ」とか「高校に入ってほかの生徒についていけるのか」という質問が出ることがあるが、学園としてはとりたてて心配はしていない。とくに進学先の学力にかんしては、むしろ驚くほどのレベルにある子が多いようだ。
5. 今 後 の 課 題
(1)教育活動の深まり
本校は、小学校が15年目を、また中学校は12年目の年度を迎えた。プロジェクトを中心とする教育計画はおおむね軌道に乗っていると考えられる。財政規模は小さく、施設も設備も十分とはいえないが、小規模校のよさを生かした教育活動が展開されている。しかし教育面の改善にはこれでよいというゴールはない。いっそうの研鑽と実験的な試みを続けたい。そのためには、教員の国内、海外、校内など各種の研修、相互の実践の検討、保護者等への啓蒙活動、思いを同じくする姉妹校その他の教育機関との交流などを怠ってはならない。
教職員の研修にかんしては、現在のところほかの学校、とくに公立校に比べれば多額の助成をおこなっているが、今後ともその拡充を図りたい。
(2)啓蒙活動と横のつながり
学校法人きのくに子どもの村学園は、これまで日本における「オルタナティブ・スクール」の代表的なモデルとしての地位を占めてきた。その後のユニークないくつかの学校の先駆けともなってきた。マスコミで取り上げられることも多く、見学者もあとを絶たない。国内に限らず、韓国をはじめ、海外からも注目を集めている。
学園ではこうした内外からの関心に応えて、さまざまな形で自分たちの教育理念や実績・実情について発信してきた。また、教育のあり方を考えるシンポジウムも毎年おこなっている。
2022年、ドキュメンタリー映画「夢みる小学校」(オオタ・ヴィン監督作品・文部科学省推奨作品、2023年映画批評家大賞受賞)が全国各地で上映されると、大きな反響が学校に押し寄せた。AIが社会に浸透し、人に代わって機械が台頭していく未来を生きる子どもたちの教育のあり方について再考しようと、県外の見学者、地域住民、自治体の各機関、教育関係者らが多く訪れている。従来の教育を問い直し、オルタナティブな教育観とともに、子ども観や学力感を捉え直そうとする来訪者も多く、学校への問い合わせも増えている。定期的に開かれる学校説明会の予定はすぐに満席になり、関心を寄せた人々からの電話やメールでの問い合わせもあとをたたない。不登校の子どもを抱える保護者が、本校のあり方から子どもへの向き合い方のヒントを得ようと連絡をしてくるケースも増えている。学校づくりをすすめるグループや、子どもの居場所づくりを進める団体の視察、大学生や教員、地方自治体の視察も増えている。
日本の学校教育の諸種の問題点がいまだ解決の方向に向かう気配が見られない今日、学園の果たすべき役割は大きい。従来の方式とは違うやり方が存在しうるということ、そして、それがしかるべき成果を挙げていることを、今後とも精力的に発信していきたい。そのためにも、いくつかの新しい学校との連携を深め、具体的な教育実践を通じて教育改革の必要性と可能性をアピールしたい。とりわけ以下の学校との横のつながりは大切に育てたいものである。
学園の設置する学校
きのくに子どもの村小学校
きのくに子どもの村中学校
きのくに国際高等専修学校
かつやま子どもの村小学校
かつやま子どもの村中学校
北九州子どもの村小学校
北九州子どもの村中学校
ながさき東そのぎ子どもの村小学校
ながさき東そのぎ子どもの村中学校
キルクハニティ子どもの村スクール(スコットランド)
姉妹校
りら創造芸術高等学校(和歌山県気紀美野町)、
箕面子どもの森学園(大阪府)
まおい学びのさと(北海道)
(3)施設と財政
南アルプス子どもの村小学校と南アルプス子どもの村中学校の物理的環境、つまり施設は決して十分とはいえない。児童数の増加とともに木工や料理など活動をする場所が不足してきている。教育の個性化をめざす教育現場では柔軟なグルーピングが求められる。つかう教室やホールについては、教員同士が工夫して使えるように相談しながら使っている。
備品類にしても買い入れたいものは多い。学校の車両はすべて中古であり、コンピューターも保護者からの寄付によるものが半数以上を占めている。草刈りをする機械も足りていない。
しかし、あえて各学年の定員が20名の学校として発足した以上、ある程度の不便さはやむをえない。むしろ十分とはいえない施設を有効かつ創造的に活用し、人材をととのえれば相当の教育成果をあげうることもはっきりしてきた。
財政状態は、前記のように決して余裕があるとはいえない。 南アルプスでは、これまで開校以来、授業料などの児童生徒納付金の改定を一切おこなわないで内部努力でしのいできた。今日の世界的な広がりを見せる経済不況の時代にあっては、授業料などの値上げは考えられないことが理由である。しかし学校通信や、サマースクール、教育講演会などの機会を通じて、本校のよさをアピールし続けたい。
付 記
本稿では、通常の学校評価に添付される学外者による評価がない。それはこの学校が一般的な普通の学校とは理念と基本方針そして実践の原則を大きく異にしたユニークな学校であるというところにある。その理念と方針を十分に理解しない人がこれを評価するのは容易ではない。これを強行すれば、無用の誤解や勘違いに陥る懸念が生じる。学園の哲学と実践方式を十分に理解する人が評価をすれば、それは身内による評価とみなされる可能性がある。以上の理由により、少なくとも今年度までは他者による評価をおこなわないこととし、次年度以降の課題としたい。