4)教育活動(小中学校)
A.プロジェクト
各クラスの2名の担任は、予想されるおおよその活動内容を年度初めに子どもにアナウンスし、子どもたちはこれを聞いて自分の属するクラスを選択する。クラスのメンバーが確定すると年間計画を策定し、子どもたちの感情、知性、社会性の各側面の発達の予想を立て、具体的な学習計画が出来上がる。これは職員全員の会議で検討され修正される。
また年度途中、定期的にクラスの生徒・児童の様子と活動内容についての報告がなされ、相互に前向きな批判とアドバイスをおこなう。年度末には1年間の経過が報告され、目的やねらいが達成されたかどうかの評価をおこない、次年度の計画に反映させる。また各クラスの担任が活動についてレポートを書くなど、自らのクラス活動について記録、考察する機会を持っている。
2023年度については、十分に達成されたとはいえない目標もあったが、おおむね例年通りの成果が得られたと思われる。
B.基礎学習
基礎学習はプロジェクトのクラスがそのまま基礎集団となって同一時間帯におこなわれ、2人以上の大人が担当する。学年相当の手づくり学習材も多く用意される。学習材の多くが手づくりである理由は、プロジェクトや普段の生活から題材をとるからである。そのぶん教師は忙しいが、与えられた教材を決められた手順どおりに教えるよりも、内容と方法を子どもの実態にかんがみながら工夫できるのは、教師にとって大きな喜びとなっている。また子どもの学習モチベーションを高める上でも好都合であるし、個人差にもきめ細かく対応できる。
なお、本校には通常の通知簿や成績表の類のものはない。その代わりに一人ひとりの子どもの様子は各学期の終わりに「生活と学習の記録」として保護者に報告される。これは教科の成績というよりも、感情、知性、社会性の側面ごとに子どもの成長の様子を自由記述式で記録したものである。
C.自由選択
自由選択は、1学期単位で6-8個の活動から選択できる。中身の充実と選択の幅の広がりをさらに充実したものとしていけるように配慮している。
D. ミーティング
前述のように、子ども集団が自発的にひとつの共同のプロジェクトに取り組もうとするとき、また共同生活をより快適なものにするためには、話し合いは不可欠である。心を通い合わせる仲間として、目標を共有し、役割を分担して大きな仕事に挑戦するためには、大小さまざまな形のミーティングを開かなくてはならない。子どもたちの話し合いのない体験学習は、教師主導のたんなる肉体作業におちいる危険がある。各学校、毎週、全校集会が開かれ、行事の計画、もめごとの処理、さまざまな社会問題についての議論などをおこなう。このミーティングを実りゆたかなものにするためのミーティング委員会も設置されている。
このほか、各クラスでも、寮でもミーティングはひんぱんにおこなわれ、「自分たち自身の生きかたをする自由(ニイル)」の習得のためのよい機会となっている。
さらにミーティングは別の教育的意義をもっている。さまざまな問題に気づき、これをことばで明瞭に整理して、自分の考えをまとめ、他に伝える力をつけるという意味で、子どもたちの本来の意味での言語能力を伸ばすためのよい経験となっている。漢字ドリルよりはるかに国語の学習になろう。
ただし、子どもたちの中にミーティングが好きではないという声が聞かれることには注意を払う必要がある。その原因は、迷惑行為や約束違反の行動をした者の扱いなどで時間がかかるケースが少なくないことにある。「楽しい議題のときは長く、いやな議題のときは短く要領よく」というのが望ましい。大人の参加の仕方(発言の仕方とタイミング、議長へのサポートなど)が問われるところである。
E.見学、修学旅行、海外体験学習など
小中学校ともに日本で最も校外へ出かける機会の多い学校である。プロジェクト学習の充実のためには、クラス単位の日帰りの見学は欠かせない。また各学期に一度は2泊程度で旅行に出かけ、プロジェクトにかんする情報を得る。近年は、学校法人がスコットランドに所有する施設(キルクハニティ子どもの村)へ1ヶ月程度の長い期間をかけて出かける機会もできている。
中学校の修学旅行は、毎年国内(7〜10泊)と海外(イギリス、2〜3週間)が、夏休み中に実施されている。これらは自由参加になっていて、どちらを選んでもよいし、毎年参加してもよく、またまったく参加しなくてもよい。実際には中学生のほとんどが3年間で1回は、どちらか、あるいは両方に参加している。3年連続で参加する者もある。小学生の修学旅行は、この学園ではめずらしく6年生だけが全員で参加する(3-4泊)。
国際高等専修学校もプロジェクトにちなんだ場所にフィールドワークにいく。国内に限らず、これまで中国、韓国、インドなどに出かけている。また2年次にはスコットランドのキルクハニティ子どもの村を拠点にして、7月の3〜4週間、授業を受けたり、見学をして周る。
本校の修学旅行には、以下のようなほかでは見られない特長がある。
1.子どもたちが計画を立てる。
参加者がひんぱんに集まって、時間をかけて資料を収集し、旅程を立て、こまかく費用の計算をする。さらに宿泊する施設やフェリーの予約をとることも多い。行き先は、毎年、遠くになる。
2.旅行業者に頼らない。
計画の立案だけでなく、移動のほとんども職員がマイクロバスなどを運転しておこなう。したがって中身の充実からは考えられない少ない経費ですむ。たとえば小学生が4泊で九州を一周しても一人当たり3万円以内である。
子どもが知恵をしぼって計画を立て、さまざまな情報を身につけ、仲間と夢を共有してその実現に向かって共に力を合わせるという意味において、修学旅行は本校の学習の中心であるプロジェクトのひとつの形態であるともいえよう。
F.学校行事
本校の学校行事はあまり多くない。出かけることが多いので、最近は普通の遠足はほとんどおこなわれない。運動会はあるが、事前の練習にはほとんど時間をかけない。子どもと保護者と地域住民、そして卒業生などの親睦を目的とするイベントになっている。入学式、卒業式などは「入学を祝う会」「卒業を祝う会」と呼ばれ、それぞれに委員会ができて計画を立て、実際の進行も子どもがおこなう。
そのほか学校行事としては、春まつり、秋まつり、和歌山校など学園の設置する他の学校との交流、隣接の公立校との交流、学校の主催する教育講座への参加、地域社会の伝統行事への参加などがあり、子どもたちの経験を豊かにするのに貢献している。
G.寮生活
現在、全校の子どもの約7割が寮で生活している。基本的に寮生は金曜日の放課後に自宅に帰り、月曜日に帰校する。遠くから来る子どものために、月曜日は11時に授業が始まる。
寮の中で子どもたちは思い思いに過ごしているが、ときには共同生活にありがちなトラブル(けんか、ものの貸し借り、持ち物の紛失など)が起きることもあり、必要に応じて全寮ミーティングが開かれる。お楽しみ会、お泊り自由の日、誕生会、クリスマス・パーティなどは子どもたちが自発的に計画して実行する。常駐の寮職員は各棟1名である。
小学生にとって寮生活は重荷ではないかという懸念が示されることがある。とくにホームシックを心配する人は少なくない。しかしわれわれの経験では、低年齢の子どものほうがかえって早くホームシックを乗り越えていく。最もホームシックそのものは、決して否定的に見られるべきことではない。どの子でもほどほどにホームシックになるのがむしろ自然かもしれない。いずれにしても子どもは、大人が心配するほどはホームシックに悩んだりはしない。じっさい、寮生の大半が寮生活は楽しいと答えている。
H.卒業生
中学の卒業生は、学園の国際高等専修学校のほか、志望する公立および私立の高校に進学している。学園全体では、卒業生の内、2割が同専修学校に進学し、そのほかは公立および私立の高校に進学しているが、ごく少数が海外へ留学する。その後、大学へ進学する者の割合は普通の学校の卒業生よりかなり高い。中にはアメリカの州立大学に入って宇宙工学を専攻している者もある。国際高等専修学校の卒業生も自らの興味に従って多方面へ進学している。これまで7割程度の生徒が4年制大学に進学している。主に言語や国際関係の学部への進学が多い。教職課程を履修し、学園に教員として戻ってくるものも少なくない。
ところで、ときおり「子どもの村の学力が心配だ」とか「高校に入ってほかの生徒についていけるのか」という質問が出ることがあるが、学園としてはとりたてて心配はしていない。とくに進学先の学力にかんしては、むしろ驚くほどのレベルにある子が多いようだ。
5. 今 後 の 課 題
(1)教育活動の深まり
本校は、きのくに子どもの村小学校が32年目を迎えた。プロジェクトを中心とする教育計画はおおむね軌道に乗っていると考えられる。財政規模は小さく、施設も設備も十分とはいえないが、小規模校のよさを生かした教育活動が展開されている。しかし教育面の改善にはこれでよいというゴールはない。いっそうの研鑽と実験的な試みを続けたい。そのためには、教員の国内、海外、校内など各種の研修、相互の実践の検討、保護者等への啓発活動、思いを同じくする姉妹校その他との交流などを怠ってはならない。
教職員の研修にかんしては、現在のところほかの学校、とくに公立校に比べれば多額の助成をおこなっているが、今後ともその拡充を図りたい。
(2)啓発活動と横のつながり
学校法人きのくに子どもの村学園は、これまで日本における「オルタナティヴ・スクール」の代表的なモデルとしての地位を占めてきた。とくに本校は自己所有の施設を持たない私立学校として、その後のユニークないくつかの学校の先駆けともなってきた。マスコミで取り上げられることも多く、見学者もあとを絶たない。国内に限らず、韓国をはじめ、海外からも注目を集めている。学園長の著作のうち2冊が韓国語に翻訳されている。学園ではこうした内外からの関心に応えて、さまざまな形で自分たちの教育理念や実績・実情について発信してきた。また、教育のあり方を考えるシンポジウムも毎年おこなっていて、時には韓国、イギリス、アメリカ、インドからも教師、高校生、教育関係者を招いて討論をしたり提案したりしている。
日本の学校教育の諸種の問題点がいまだ解決の方向に向かう気配が見られない今日、学園の果たすべき役割は大きい。従来の方式とは違うやり方が存在しうるということ、そして、それがしかるべき成果を挙げていることを、今後とも精力的に発信していきたい。そのためにも、いくつかの新しい学校との連携を深め、具体的な教育実践を通じて教育改革の必要性と可能性をアピールしたい。とりわけ法人内外にかかわらず横のつながりは大切に育てたいものである。
学園の設置する学校
きのくに子どもの村小学校
きのくに子どもの村中学校
きのくに国際高等専修学校
かつやま子どもの村小学校
かつやま子どもの村中学校
南アルプス子どもの村小学校
南アルプス子どもの村中学校
北九州子どもの村小学校
北九州子どもの村中学校
ながさき東そのぎ小学校
ながさき東そのぎ中学校
キルクハニティ子どもの村スクール(スコットランド)
(3)施設と財政
学園の物理的環境、つまり施設は決して十分とはいえない。建設後20年を超える校舎もあり、定期的なメンテナンスが必要になってきている。また児童数の増加とともに木工や料理など活動をする場所が不足してきている。教育の個性化をめざす教育現場では柔軟なグルーピングが求められる。つかう教室やホールについては、教員同士が工夫して使えるように相談しながら使っている。
備品類にしても買い入れたいものは多い。学校の車両はすべて中古であり、コンピューターも保護者からの寄付によるものも多い。
しかし、あえて少人数の学校として発足した以上、ある程度の不便さはやむをえない。むしろ十分とはいえない施設を有効かつ創造的に活用し、人材をととのえれば相当の教育成果をあげうることもはっきりしてきた。
財政状態は、前記のように決して余裕があるとはいえない。 これまでほとんど開校以来、授業料などの児童生徒納付金の改定をおこなわないで内部努力でしのいできた。今日の世界的な広がりを見せる経済不況の時代にあっては、授業料などの値上げはなるべく控えたい。しかし学校通信や、サマースクール、教育講演会などの機会を通じて、本校のよさをアピールし続けたい。また決して高収入とはいえないなかで、最善の実践をしようとしてくれている教職員の待遇にはいっそうの充実を図りたい。
付 記
本稿では、通常の学校評価に添付される学外者による評価がない。それはこの学校が一般的な普通の学校とは理念と基本方針そして実践の原則を大きく異にしたユニークな学校であるというところにある。その理念と方針を十分に理解しない人がこれを評価するのは容易ではない。これを強行すれば、無用の誤解や勘違いに陥る懸念が生じる。学園の哲学と実践方式を十分に理解する人が評価をすれば、それは身内による評価とみなされる可能性がある。以上の理由により、少なくとも今年度までは他者による評価をおこなわないこととし、次年度以降の課題としたい。